本文へスキップ

道の駅

電話でのお問い合わせはTEL.0740-32-8460

〒520-1221 滋賀県高島市安曇川町青柳1162-1

我が国陽明学の始祖


中江藤樹(なかえとうじゅ、1608年4月21日(慶長13年3月7日)ー1648年10月11日(慶安元年8月25日) )は近江国(滋賀県)出身の江戸時代初期の陽明学者。近江聖人と称えられました。

農業中江吉次の長男として誕生。9歳の時に伯耆米子藩主加藤家の150石取りの武士である祖父・徳左衛門の養子となり米子に赴きました。1671年(元和2年)米子藩主加藤貞泰が伊予大洲藩(愛媛県)に国替えとなり祖父母とともに移住しました。1622年(元和8年)祖父が死去し、家督100石を相続しました。

1634年(寛永11年)27歳で母への孝行と健康上の理由により藩に対し辞職願いを提出するが拒否され、脱藩し京に潜伏後、近江に戻ります。そこで私塾を開きました。1637年(寛永14年)伊勢亀山藩士・高橋小平太の娘・久と結婚しました。藤樹の屋敷に藤があったことから、門下生からは藤樹と呼ばれるようになります。塾の名は藤樹書院という。やがて朱子学に傾倒するが次第に陽明学の影響を受け、格物致知論を究明するようになりました。

1646年(正保3年)妻・久が死去。翌1647年(正保4年)近江大溝藩士・別所友武の娘・布里と再婚します。1648年(慶安元年)藤樹が41歳でなくなる半年前に郷里である小川村(現在の滋賀県高島市)に「藤樹書院」を開き、門人の教育拠点としました。その説く所は身分の上下をこえた平等思想に特徴があり、武士だけでなく商工人まで浸透し「近江聖人」と呼ばれました。代表的な門人として熊沢藩山、淵岡山、中川謙叔などがいます。


中江藤樹(なかえ とうじゅ)(1608-48)の住居跡・講堂跡で、国の史跡跡に指定されています。この建物は藤樹の
す。
明治時代に現在のように再建されています。内部には藤樹直筆の「致良知(ちりょうち)」の書を始め、遺品・遺物が数多く展示されています。


滋賀県高島市安曇川町上小川225-1
お問い合わせ
良知館 TEL:0740-32-4156


江戸時代初期の儒学者で日本陽明学の祖といわれた中江藤樹の遺品を展示する記念館です。中に入ると陶板のレリーフが目に入ります。これは藤樹神社に伝わる「藤樹先生御絵伝(とうじゅせんせいみえでん)」を複製したもので、9歳の中江藤樹が祖父と米子へ旅立つ姿を描いています。館内は2展示室・講義室・図書館・収蔵庫に分かれています。第1展示室は安曇川の歴史と文化に関する資料が、第2展示室に近江聖人中江藤樹に関する資料や遺品が展示されています。また、図書館では中江藤樹に関する資料だけでなく、陽明学や藤樹学、安曇川(あどがわ)の歴史や文化に関する文献などを閲覧することができ、各種講演会やセミナーなど講義室で開催されています。




〒520-1224 滋賀県高島市安曇川町上小川69
お問い合わせ
TEL:0740-32-0330

shop info店舗情報

道の駅 藤樹の里あどがわ

〒520-1221
滋賀県高島市安曇川町青柳1162-1
TEL.0740-32-8460
FAX.0740-32-8464
e-mail:info@mitinoeki-adogawa.com


【平成28年3月末まで営業案内】

営業時間:9:00~18:00(9月〜3月)
    
休 館 日:毎月第二水曜日・元旦

駐車台数:普通車100台(障害者用3台
     含む)・大型車15台
●コンビニ・トイレ・駐車場は24時間
 利用可能


休館日のご案内

・ 2月10日